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Frontline / 2020.11.19

「データ」や「パーソナライズ」に夢は見ない。アプリ構想・開発から店舗への浸透、日々の運用まで、もがきながら進化を続けるJINSアプリチーム

アイウエアブランドのJINSは、スマートフォンアプリをハブとしたCRM(顧客関係管理)を行っており、業界内で積極的にデジタル活用をしている事例として取り上げられることも多い企業です。

今回は、JINSのCX戦略本部エグゼクティブディレクターの向殿氏と、CX戦略本部シニアディレクターの海江田氏に、JINSアプリの目指しているものや、開発から運用までの苦労や工夫をお伺いしました。

左:CX戦略本部エグゼクティブディレクター 向殿 文雄氏
右:CX戦略本部シニアディレクター 海江田 透氏
目次

時間をかけてアプリのコンセプト議論をし有意義なものに

JINSのアプリは、店舗で購入した眼鏡の電子保証書や度数情報を保存・管理できるほか、スマホで写した自撮り写真を使って仮想的に眼鏡を試着する機能や、その試着した眼鏡の似合い度をAI(人工知能)が判定する機能、眼鏡についてのお役立ち情報やJINSからのお知らせを配信する機能などがあります。

バーチャル試着ができ、JINS BRAINが似合い度も判定してくれる「FACE MATCH」機能

様々な機能を持ったアプリを運用し、先進的なCRMの取り組みを行っているように見えるJINSですが、CRMを行うこと自体を始めたのは意外にも遅く、アプリができた3年前から。「デジタル化」という文脈においては、他の企業と比較して必ずしも早いというわけではありません。

海江田氏によると、JINSは視力矯正用のメガネ以外にも、ブルーライトカットメガネを中心とした機能性アイウエアも多く販売していたため、情報取得や情報を活用しての購買後のコミュニケーションよりも「店舗でお客様にいち早く商品を提供すること」が優先と捉えられていたためだといいます。

そんなJINSにとっての転機は、社内でアプリを作ろうという話が持ち上がったことでした。当初は単にクーポンを配るためのアプリにする予定でしたが、「せっかく作るならこれを機に会員情報を紐付けCRMをできるものにしよう」と考えました(海江田氏)。

アプリ成功の分岐点となったのは「とりあえずアプリを作ってしまおう」とはならず、ここでアプリのコンセプト設計に時間をかけたことでしょう。

社内で「アプリを通してどのような顧客体験を作りたいのか」ということを徹底議論。結果として、「2回目購入のハードルを下げる」というコンセプトが明確なアプリが出来上がりました。

店舗への浸透への苦労と工夫 〜メリット提示と粘り強いコミュニケーションが鍵だ

デジタル化を進めるにあたり、リアル店舗とネットショップを持つ小売企業で起こりがちな悩みがあります。「店舗で働くメンバーに理解してもらえない」「店舗側がアプリインストールをお客さんに促してくれず、なかなかアプリが浸透しない」ということです。

しかし、この書き方は店舗目線ではありません。店舗からすると、お客様にアプリを勧めることに乗り気ではないのはしっかり理由があるのです。例えば、アプリを進めるのに時間を取られると他のお客様への接客がおろそかになってしまうから、レジで並んでいる方を長くお待たせしてしまうから、など。

また仮におすすめするにしても、それによる自分たちの店舗のメリットが明確ではありません。得がなければ「やらされ仕事」になってしまうのは当然というわけです。

この点に対してJINSはどのように対処したのでしょうか。

まず、「デジタル化率」という概念を全社的に導入し、重視することを社内にアピール。

店舗のKPIの一つにもこの「デジタル化率」を定めました。具体的には、お客様が店舗でアプリをインストールし、その後アプリを通して眼鏡を購入した場合、それは店舗の売上になるという形にしたのです。

また、KPI設定のみならず「店舗にとっての直接的なメリットをしっかり作ることができた」ことも大きいと海江田氏は語ります。

例えば、わかりやすいのがアプリの中の「保証書」機能です。

アプリの「保証書」画面(一部ぼかしを入れています)

アプリの中には、過去に購入したJINSのメガネの保証書およびメガネの度数データが記録されています。このアプリさえあれば、家で保証書を探す必要もなく、また出先で思い立って店舗に来た時でもスムーズに新しいメガネの検討や修理を行うことができるのです。

店舗側も顧客データや度数を調べたりする手間がなくなり、顧客にとっても無駄な待ち時間の減少にもつながります。

結果として、2回目以降に「思い立ってふと店舗でメガネを購入する」という行動も誘発されやすくなり、店舗の売上も上がるというわけです。

「デジタル化が大事」という御託だけでは、なかなか人は動きません。KPI設計やメリット提示とセットで取り組みの意味を理解してもらうということは、業種を問わず大切な考え方でしょう。

加えて、直接店舗運営チームとコミュニケーションを取りながら、あらゆる社内媒体で説明することに時間をかけたということも大きく寄与したといいます。これは方法論やTIPSというより、普段の店舗との信頼関係や粘り強さなどが大きく関係してくるところでしょう。

今年に入ってから、JINSは新型コロナの影響により店舗の休業を余儀なくされました。このことが、店舗を含めた全社としてアプリの重要性をより強く認識するきっかけになったといいますが、それも「元々アプリをやっていたことが下支えになって、取り組みが加速した」(向殿氏)と感じているといいます。

安易な「パーソナライズ志向」は意味が薄い 〜試行錯誤の中で見えてきた施策

ここまではアプリをインストールしていただくまでの試行錯誤について書いてきました。それではアプリの運用はどうでしょうか。

JINSアプリでは、顧客のエンゲージメントを高めるための方法として、定期的にメガネに関するコンテンツやお知らせを配信しています。

これらの配信のやり方についても、興味深いお話をお伺いすることができました。

アプリの「お知らせ」画面

当初、運営チームは顧客を細分化し、1to1に近い、各顧客に合わせたコミュニケーションを目指しました。

しかし、多くのメッセージやコンテンツの用意や運用が難しい、そもそも顧客を分類するのも難しい、という壁に直面したといいます。加えて、「細分化したコミュニケーションを取ることで得られるリターンが少なすぎることに気づいた」と海江田氏は語ります。

メガネの購入サイクルは、一般的には2-3年程度。それに対して、定期的に個々に合わせたきめ細やかなコミュニケーションを取ることは、検討行動や購買行動への寄与度が低い「コスパの悪すぎる施策」になってしまうということです。

一方で、「JINS 1DAY」というオリジナルのコンタクトレンズの販売においては、メガネと比較してより購入サイクルが短いため、より細分化したコミュニケーション施策が有効になるのではないかと仮説を立てているといいます。

この気づきは示唆深いものであると感じました。往々にして、デジタルには「パーソナライズ」が求められやすいものです。

「それぞれの顧客に個別対応を」というのはお題目としての耳触りは良いでしょう。ただ、データから顧客の置かれた状況を詳細に把握しきめ細やかなコミュニケーションを取ることは難易度およびコストが高いのです。そしてそこへのコスト投下は「いま必要なことなのか」も考える必要があるでしょう。

もちろん商材によって、パーソナライズの効用度とそれがコストに見合ったものになるかには差があります。しかし「デジタルだからパーソナライズ」というような解像度が低い考え方は、デジタルに夢を見すぎであると言えるでしょう。

JINSのアプリ運営チームは、「パーソナライズ」という言葉を用いたそれらしいキレイ事や机上の空論ではなく、試行錯誤の中で施策のバランス感覚を持つに至ったのだと感じました。

データ活用で自社のみでなく業界全体の発展も見据える

デジタル化を進めるJINSは、自社の発展だけでなく、業界全体の発展も見据えています。

現在、眼鏡の市場規模は4,000億ですが、1商品あたりの価格帯がほぼ同じである靴の市場規模はその3-4倍ほど。一人当たりの平均保有数も眼鏡のボリュームゾーンが1-2本であるのに対して、靴は6-10足とこちらも3-4倍の差があります。(2018年のマイボイスコムの調査より)

「眼鏡の購入サイクルが長く、また1-2本しか保有されない現状で自社の発展だけを考えていても限界がある。靴と同様に何本も買われる流れを作れれば、市場自体が広がるはず。JINSアプリで蓄積した買い方や度数などのデータなどを用いつつ、ブランドの壁を超えて1社だけでない取り組みができたら良い。」と向殿氏は広く業界全体の発展を見据えた展望を語ります。

一方でその実現のために活用を目指す「データ」に対する向き合い方はあくまで冷静です。

「JINSアプリの運用を行う中で、たくさんのデータを取ってもそれをマーケティングに活用できるわけではないことがわかった」「闇雲にデータをとっても意味がない」と向殿氏。

「たくさんデータを取りたい」「取得した大量のデータを使って改善を行っていきたい」、これらの考えは「あるある」と言えるのではないでしょうか。

しかし、データは取れば良い、というものではありません。使い方の具体的なイメージや、分析したい仮説がない状態でデータ取得を行ったところで、何にも使うことはできないのです。

JINSアプリは、試行錯誤の中で地に足のついた、成果の出る考え方と運用に行きついていると言えます。

運営チームがアプリを作って運用する中で得た顧客行動やデータについての肌感覚は、今後も自社内での取り組みおよび会社を超えた取り組みを行う際にも大きな武器となるでしょう。

ライフスタイルに寄り添って接点をとっていく 〜デジタル最先端の中国事例

一方で、現状では多くの顧客にとってメガネは購入サイクルが長く、顧客エンゲージメントを高めていく上で、接点を取りづらい商材であることは否めません。

接点をとるためには、顧客が「眼鏡を買いたい」という具体的なニーズがある時以外にもアクションをしてもらえるようなライトなゴールを設けることが理想ですが、現時点では検討中だといいます。

このような購入サイクルが長い商材において、デジタル最先端と言われる中国企業ではどのような工夫をしているでしょうか。

比較的有名なのは、保険会社の「平安保険」。保険以外に、医者への無料でのオンライン問診サービスや医院と医師の予約サービスなどの周辺領域のサービスを提供し、高頻度で接点を取り顧客エンゲージメントを高めることに成功した企業です。

平安保険アプリ

また、「中国のテスラ」と言われているEV(電気自動車)メーカーのNIO(蔚来汽車)の事例も有名です。車を入り口にラウンジサービスやコミュニティサービス、バッテリー交換サービスなどを提供し、オンラインとオフラインをシームレスに利用した「高級会員制サービス」と言えるものになっています。(参考:新時代のEVメーカー「NIO(蔚来汽車)」が提供するのは、「車」でも「移動」でもなく「ライフスタイル」

このようにデジタル時代においては「単発の接点でモノを売って終わり」ではなく「ライフスタイルに寄り添い、継続的に接点を取っていく」という事例が成功しています。

かくいうJINSも「メガネを通じたライフスタイルの変革」を掲げています。メガネを売ることだけにとどまるつもりは全くないのです。(参考:JINSが「メガネ業界の非常識」と言われながらも成功した理由

JINSのデジタル活用の始まりは決して早かったとは言えませんが、ここまで試行錯誤をしながら地に足がついた進化をしてきました。

最近では、10月13日に「CLICK&GO」という新サービスをリリース。これは、アプリでメガネを選び、指定した店舗で受け取ることができるようというサービスで、店舗の滞在時間短縮を実現した「新しい生活様式」に合ったものにもなっています。

引用:https://www.jins.com/jp/topics_detail.html?info_id=269

リアル店舗とアプリが連動しこのようなサービスを提供することで、時代に合う、生活に寄り添ったより良い顧客体験に繋がっていくでしょう。

「メガネを通じたライフスタイルの変革」を目指して、JINSの今後の更なる進化に注目です。

Author Profile

  • 滝沢 頼子Takizawa Yoriko

    株式会社hoppin 代表取締役CEO

    東京大学卒業後、UXコンサルの株式会社ビービットに入社。上海オフィスの立ち上げ期メンバー。その後上海のデジタルマーケティング会社、東京のスタートアップを経て、中国ビジネス視察ツアーやUXコンサルティングを行う株式会社hoppinを創業。

    Twitter: @takiyori0608

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