
Interview / 2020.07.08
これからは「目的と手段の分化」が進む。より本質が求められる世界でマーケターが行うべきことは? LIFULL菅野氏に聞く
- コロナショック
- マーケティング手法
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「マクドナルドの近くに寄り道するだけでバーガーキングのクーポンがもらえる」—こんなキャンペーンが一昨年アメリカで行われていたことをご存知でしたか?広告の世界最高峰を競う『カンヌライオンズ2019』で二冠を達成したキャンペーン、「The Whopper Detour(寄り道ワッパー)」です。
世界各国で話題性のあるPRバトルを繰り広げるバーガーキングとマクドナルド。今年1月にも、閉店したマクドナルドに対して「縦読み」の挑発メッセージを仕組んだことが日本で話題となりました。この「寄り道ワッパー」も一見すると、瞬間的なバズを狙っただけのキャンペーンのようにも思えます。
しかし、実はこの裏側にはキャンペーンを一過性で終わらせないための工夫が隠されていたのです。単純なユーザー獲得数→売上というKPIではなく、「North Star Metric」という指標を採用し、獲得ユーザーのエンゲージメント(定着)施策に注力しているバーガーキング。今回の記事では、彼らが推進する海外の新たなビジネストレンド、「エンゲージメントマーケティング」の全貌と、その実現を支えるキープレイヤーAmplitudeに迫りました。
PROFILE
Mr. Preston Nix
>BurgerKing Inc. Manager, BK US Mobile App
ファイナンスからキャリアをスタート。現在は広告・マーケティングで数々の受賞歴をもつ世界的ファーストフードハンバーガーチェーン米Burger Kingのweb/アプリを通じたCRMおよび顧客コミュニケーション設計を手掛けるチームの責任者を担当。
Mr. Jeffrey Wang
>Amplitude, Inc. Chief Architect Founder
スタンフォード大学出身。学生時代はGoogleやMicrosoftでインターンを経験。ビッグデータ解析のPalantir Technologyに新卒で入社、分散ログ処理システムを構築に携わる。2014年のAmplitude創業後は、Chief Architectとして、企業が高度な行動分析を使用できるようプロダクトの改善に努める。
吉澤 和之
Kazuyuki Yoshizawa>Repro株式会社 執行役員
広告代理店でクリエイティブデイレクターを経験したのち、外資系MAベンダーに転職。その後独立し、各SaaS企業の事業コンサルティングを行う傍ら、米国シリコンバレー系スタートアップ企業の日本進出支援・営業責任者を担当。2019年4月、Repro株式会社の執行役員に就任。
吉澤:本日は「エンゲージメントマーケティング」に取り組む同士としてお二人をお迎えできて嬉しいです。まず最初に、お二人の現在の業務内容についてお聞かせください。
Preston:私はバーガーキングのデジタルプラットフォーム(webサイト・モバイルアプリ)の統括をするチームのマネージャーとして、主にロードマップの策定を行っています。例えば代理店から大規模なプロモーションの提案を受けた際に、それをプロダクトチームと連携して実行に移せるよう、全体を統括する役目です。その統括チームの下にCRMチームがあり、プッシュ通知やメールを通じてユーザーのエンゲージメントを高める施策を日々行っています。
Jeffrey:私たちが提供するプロダクトを一言で説明すると、「web/アプリユーザーの行動データを収集・分析するツール」ということになるかと思います。実行したマーケティングキャンペーンそれぞれに対して効果の可視化ができることが強みです。2012年ごろ、webサイトよりも複雑なモバイルアプリという媒体が隆盛を迎えたことで、より高度な分析ツールが必要だと感じ、このツールを立ち上げました。
吉澤:バーガーキングでは一般的なKPI設計ではなく、「North Star Metric(NSM)」という指標を導入しているといいます。この指標の内容について教えてください。
Preston:私たちのアプリはもちろん「売上」を最終的なビジネスゴール(KGI)にしています。しかし、それをインストール数などの一般的なKPIにそのまま落とし込むのではなく、継続利用率などユーザーの体験価値が定量化されたNorth Star Metric(NSM)を間に挟むようにしています。バーガーキングの場合、NSMは具体的にいうと「ユーザー毎のデジタルトランザクション数」です。それをブレークダウンすることで、「アクティブなユーザー数」や「キャンペーン登録率」といった、打ち手を考案すべきKPIが見えてくるのです。
吉澤:インストール後の「エンゲージメント」が定量化されているわけですね。では、「寄り道ワッパー」ではどのようなKPIを設定していたのでしょうか?
Preston:最重要視していたのはリニューアルしたアプリの「インストール数」ですね。
このキャンペーンは2018年の12月に行われましたが、実はアイデアが持ち上がってから実行まで1年以上を要したんです。初期の計画では、アプリの利用はスコープに入っていませんでした。しかし、2018年8月にモバイルアプリのリニューアルが決定したことを契機に、アプリの新規ユーザー数を最重要指標としてキャンペーンを実施することになったのです。
このキャンペーンの結果、アメリカのアプリストア全体でNo.1となり、9日間で150万DLを獲得しました。ROI(費用対効果)で見ると、なんと37倍という結果が出ています。
吉澤:それはすごい数字ですね!キャンペーン内容の詳細を教えていただけますか?
Preston:マクドナルド店舗の半径600フィート(約183m)以内に入ると、ユーザーのスマートフォンにクーポンを配信します。そのクーポンを使えば、なんと1セントでワッパーを購入できるというキャンペーンです。
アプリのインストール数のほかに重要視していた指標として、メディアでのインプレッション数というものがありますが、結果的にこの「寄り道ワッパー」は10億を超えるインプレッションを獲得しました。私たちにとって最大の競合はもちろんマクドナルドですが、資金力ではさすがに太刀打ちできません。そこで必須となるのが、クリエイティブなキャンペーンを通して、バーガーキング独自の価値を提供していくことです。この考え方の延長線上に、「寄り道ワッパー」も存在していると思います。
吉澤:認知〜獲得施策としての効果の高さは理解しましたが、一方でエンゲージメント施策として「寄り道ワッパー」が貢献したのはどの部分でしょうか?
Preston:実はこのキャンペーンが終了すると同時に、12日間の「Cheesemas Sweepstakes」というキャンペーンを行っていました。実際にアプリからバーガーキングの商品を注文した人に対して、現金を含めた8,000本以上のプレゼントが当たるチャンスを与えるというものです。
また、「寄り道ワッパー」の参加者だけをターゲティングしたプッシュ通知の送信も行いました。
これらの施策により、ユーザーの継続利用を促進することに成功したのです。
吉澤:話題にして終わりというわけではなかったんですね!キャンペーンの効果測定はどのようにして行いましたか?
Preston:バーガーキングではアプリユーザーの平均利用回数を2回/月と想定しています。よって、基本的には月ベースでリテンション率を見ていったのです。また、半年〜1年間にリアルタイムに近い週ベースでのリテンション率も測定しています。
吉澤:そういったエンゲージメント施策の実施〜効果分析の部分で、Amplitudeが関わっていたということですね?
Jeffrey:その通りです。現在のマーケティングトレンドとして、新規ユーザーの獲得が非常に困難になったことで、既存ユーザーのリテンションにフォーカスする潮流が定着しつつあります。私たちAmplitudeが支援できるのはまさにそのフェーズ、アプリ利用開始後のユーザー行動のトラッキングです。この「行動データ」は必ずしもマーケターだけに有用なものではないということもポイントでしょう。
吉澤:それはどういうことでしょうか?
Jeffrey:これもトレンドの一つですが、近年ではマーケティングチームとプロダクトチームが密に連携を取りながら仕事を進める流れが定着しつつあります。前者は新規ユーザー獲得、後者はプロダクト構築、と職務が分断されていたのが以前のスタイルでした。
しかし現在は、プロダクトのライフサイクルの一部として、マーケター主導の「エンゲージメント施策」も組み入れられるようになってきています。言うなれば、メールやプッシュ通知などもプロダクト設計の一部として扱われ始めているのです。
だからこそ、ユーザーの行動データは分析を担当するマーケターにだけ閉じたものではなく、エンジニアなど、プロダクトに携わる全ての人間の意思決定に活用されなければならないと考えています。
Preston: ファストフードを中心とした飲食業界視点のお話になりますが、エンゲージメント施策の前に、そもそもユーザーにアプリを使ってもらうことが重要視されていると思います。ユーザーデータを取得することで初めて実行できる施策が多いからですね。
私たちも含めて、深いレベルまで設計されたエンゲージメント施策の実現には至っていないケースがほとんどだと思います。多くの場合、店舗やアプリに相互送客することがゴールになっていて、チャネル全体を横断したシナリオが構築できていないのです。
私たちはその構築のために、店舗の購買データやアプリの行動データ、クレジット決済情報など、あらゆるデータの統合を今まさに進めているところです。
吉澤:「マルチチャネル」という話題に関連して、webサイト・アプリ・メールの使い分けに関してはどのように考えていらっしゃいますか?
Preston: 実は去年の12月にwebサイトをリニューアルし、商品の注文機能を追加したんです。webサイトはそのアクセスの容易さゆえに、訪問したライトユーザーがそのまま注文できるような形にしています。
一方アプリは、バーガーキングチェーンのヘビーユーザーが主に利用するチャネルなので、実店舗との横断施策を通して利用促進を図っています。
また、私たちのキャンペーンにとってはメールも重要な要素です。媒体の特質として、多くのメッセージを掲載したり、動画を活用したりできるなど、ユーザーのエンゲージメントを高める工夫の余地があります。年配のユーザーほどメールを好むというデータもあるので、あらゆるキャンペーンで必ずメールを使っているのです。
吉澤:日本では、そのようなオンラインチャネルと実店舗の境界線を取り払い、デジタルを前提にビジネスを構築しようとする「OMO(Online Merges with Offline)」がトレンドになりつつあります。アメリカでも同じような動きはありますか?
Jeffery: はい。アメリカでは、レガシーな業界でも徐々にオンラインとオフラインのデータ統合が進みつつあります。典型的なのはアパレル業界でしょう。実店舗のユーザー行動をデジタルデータに変換するのは非常に困難でしたが、接客する店員にモバイルアプリを持たせて、ユーザー行動をその端末経由でトラッキングさせるという方法が広まりつつあるのです。この分野で最先端を歩んでいるのはやはりWalmartですね。
Preston: バーガーキングでも、実店舗とデジタルを横断したユーザーフロー全体の最適化に取り組んでいます。アプリで注文した商品をドライブスルーで受け取れるようにしていることはもちろんですが、デジタル注文の受け取りに対応したキオスク(セルフ注文決済サービス)だけを置いて、POSレジすら持たない未来型の店舗もあるのです。
吉澤:最後に、今後エンゲージメントマーケティングが世界的にどう進展していくか、その展望をお聞かせください。
Jeffery: 先ほど申し上げたように、「ユーザーの新規獲得」から「既存ユーザーのエンゲージメント」へのシフトが最も大きなマーケティングトレンドでしょう。さらにそこから生まれる潮流として、マーケティングチームとプロダクトチームの融合が進み、最近では両者が「グロースチーム」として統一されるというケースも発生しています。今後はwebサイト・アプリの開発プロセス内に、メールやプッシュ通知などのコミュニケーションチャネルがどんどん組み込まれていき、ユーザーに与える「プロダクト体験(Product Experience)」全体を設計するという思想がメジャーになっていくでしょう。
Preston: 私も同様に、今後エンゲージメントマーケティングの重要性はより高まっていくと思います。アプリを使ったエンゲージメント施策というのが当たり前になることによって、ユーザーに選ばれるための競争がより激化していくことでしょう。
その時重要なことは、「寄り道ワッパー」のように、手法自体がクリエイティブであることです。企業がユーザーを引き付けておくための努力を怠らず、ユーザーの要求に適合するようにサービスの「カスタマイゼーション」を続けていくことが肝心だと思います。
吉澤:本日はありがとうございました。
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