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Interview / 2020.03.02

マーケターはオシャレなことを言わなくていい。日本屈指のグロースハッカーが伝える、カスタマーエンゲージメントを深める「真実の瞬間」の見つけ方

マーケティングの世界で、当たり前のように使われるようになった「カスタマーエンゲージメント」。しかし、定義が曖昧なこのキーワードの「本質」まで深く理解できているマーケターはそう多くないはずです。

そんなカスタマーエンゲージメントをうまく活用して成果を出しているのが、中古車の買取・販売事業『ガリバー』を運営する自動車流通業界のトップランナー・株式会社IDOMです。

そもそも、カスタマーエンゲージメントは「リピートが多い商材のみに関係がある」と思われがちです。自動車の平均的な購入サイクルは7年に1回程度のため、どうしても同社のマーケティング活動の中心は新規顧客獲得になってしまいます。IDOMがカスタマーエンゲージメントを重視したマーケティングを展開する理由は、一体どこにあるのでしょうか。

その中心にいるのが、家電量販店での10年近い店頭接客経験をベースに、あらゆるサービスのデジタルマーケティングを成功に導いてきた中澤伸也⽒。圧倒的な「数値派」で、PDCAの数にこだわる“グロースハッカー”としての⼀⾯が印象的な中澤氏は、カスタマーエンゲージメントの概念をどのように捉えているのでしょう?

今回はコムエクスポジアム・ジャパン代表で、ad:techを統括する古市優子氏が、中澤氏の考えるカスタマーエンゲージメントの定義やその活用方法に迫りました。

PROFILE

  • 中澤 伸也Shinya Nakazawa

    株式会社IDOM デジタルコミュニケーションセクション セクションリーダー

    家電量販店ソフマップに入社して現場経験を積んだのち、2000年にECリニューアルプロジェクトに参画し、「日経EC大賞グランプリ」を獲得。2006年にゴルフダイジェスト・オンラインに入社し、マーケティング部責任者を担当。2013年にエクスぺリアンジャパンに入社、CMOの経験を経て、現在はIDOMにてデジタルコミュニケーションセクション・リーダーとしてチームを率いる。

  • 古市 優子Yuko Furuichi

    Comexposium Japan(コムエクスポジアム・ジャパン)株式会社 President and CEO 

    サイバーエージェント新卒入社と同時に、スマートフォン黎明期のCyberZへ出向。2013年よりdmg::events Japan(現:Comexposium Japan)に入社、iMedia News Summitなど新イベントの立ち上げ、ad:tech tokyoコンテンツ責任者を経て、2017年よりad:tech全体統括。2019年4月、同社代表取締役社長に就任、フランス最大手イベントオーガナイザーComexposium Groupにおける歴代最年少責任者となる。国内外での幅広いイベント主催及び参加経験を活かし、日本でのダイバーシティ&インクルーシブネスなカンファレンスの普及を目指す。

目次

エンゲージメントは「一瞬で」高まることもある。ロイヤル顧客を生みだす「真実の瞬間」とは

古市:先日、中澤さんと登壇した『Customer Engagement Conference TOKYO』では「ブランドコミュニケーションの定義」を話し合いました。本日はもう一歩踏み込んで、「カスタマーエンゲージメント」の定義をお伺いしたいんです。

中澤:「エンゲージメント」と似た言葉には「ロイヤリティ」がありますよね。マーケティングの世界では、ほぼ同じ意味に捉えられるのですが、ニュアンスが微妙に違うんですよ。

まず、エンゲージメント(engagement)の意味は「約束、契約、結びつき」で、双方向のニュアンスがあります。その一方、ロイヤリティ(loyalty)は「忠誠心、愛着」なので、一方通行的な性質のある言葉なんです。

古市:言われてみると、そうですよね! 「約束」は対等なイメージですが、「忠誠心」だと企業が顧客に上から目線で接するようなイメージがあるなと。

中澤:だからこそ、企業にとって「カスタマーエンゲージメントを重視すること」が正しい姿勢なんだと思います。エンゲージメントが深まれば、ロイヤリティも向上する関係だと解釈しているんです。

それにエンゲージメントの深い顧客、つまり「ロイヤル顧客」をどう生むか考えたとき、2つのルートがあると考えました。

古市:それはどんなルートなんですか?

中澤:1つ目は、顧客の期待に何回も応えることです。そもそも顧客は何かを「期待」して、自社のサービスを利用してくれますよね。企業はこの期待にコツコツと応え続けることで「約束」を果たせるわけです。これは人間関係で考えればわかりやすいと思いますよ。例えば、期待にいつも応えてくれる人がいたとしたら、その人をだんだん好きになりませんか?

古市:ああ……、なりますね。

中澤:ですよね。ただし、一目惚れもありえます。それが2つ目で、たった1回で顧客の期待を大きく上回る体験を提供することです。回数を重ねなくても、その瞬間にロイヤル顧客になってくれるわけです。

古市:なるほど。例えば、10ポイントでロイヤル顧客になるとしたら、そこまで1ポイントずつ積み重ねていくか、一気に10ポイントを狙うかの違いですか?

中澤:そうそう、そうなんです。それなのに、「ルートが2つあること」を忘れている企業は少なくないと思います。僕は、ロイヤル顧客の半数程度は2つ目のルートを辿ると感じているんですよ。

古市:半数も、ですか!?

中澤:はい。それには例えば、数年に1回と購入サイクルが長く、顧客接点頻度が低い「自動車の購入」や「不動産の契約」、体験してみないとわからない「航空機の利用」などが当てはまります。回数を重ねられないからこそ、数少ないユーザーとの接点のなかで、期待を上回る体験を提供することが重要なんです。

古市:そうなると、毎回のように「ホームラン」を打たないといけないわけですね! その2つ目のルートを細分化したとき、またいくつかのステップがありそうだな……と思いました。

中澤:まさに、そのとおりです。例えば、航空機を利用するたった1回の体験でも、搭乗までの体験やフライト中の体験など、複数のステップが存在します。そのなかで、どうやって顧客の期待を上回ればいいと思います?

古市:うーん、それは悩みますね。

中澤:実は、顧客満足度に影響を与えるタイミングは、いくつかに絞られるんです。それを表したのが、経営学における「真実の瞬間」という考え方ですね。

古市:「真実の瞬間」?

中澤:これは1981年、赤字だったスカンジナビア航空に、航空業界最年少でCEOに就任して、たった1年で経営を立て直したヤン・カールソンが、自伝的著書のなかで使った言葉です。彼は「航空機を利用する顧客の満足度に大きな影響を与えるのは、『キャビンアテンダントと向き合う瞬間』に集約されている」と言いました。しかも、それは顧客1人につき、平均15秒しかありません。

古市:15秒だけって短くないですか? でも、たしかに、「お水を下さい」と話しかけたりするくらいかもしれないなと……。

中澤:ですよね。その瞬間に、顧客の期待を上回る体験を提供できれば、ロイヤル顧客になる可能性が高まるわけです。つまり、真実の瞬間を見つけて、適切にアプローチできれば、エンゲージメントは計画的に深められます。

古市:今のお話を聞いていて、真実の瞬間は「企業と顧客の間のコミュニケーションが発生する部分」にありそうだと感じました。

中澤:One to Oneのコミュニケーションが前提になりそうですよね。それともう1つ、「不安や悩みを解消してほしい」「嫌だと感じていることを取り除いてほしい」と思っているときに手を差し伸べられると、顧客の心は大きく動くのではないでしょうか。

リアル店舗をイメージして、顧客の困りごとを「有人チャット」で解決

古市:「真実の瞬間」を見つけてアプローチするには、どうすればいいんでしょう?

中澤:2つの方法があると思っています。1つは、大多数の人が明らかに感じている困りごとを解決することですね。その事例を、IDOMが提供する自動車査定アプリ『Gulliver AUTO(ガリバーオート)』で考えてみましょう。お客様の多くは「車の査定には労力がかかる」「車を手放すタイミングがわからない」などの不安や悩みを感じています。このアプリは、その最大公約数の困りごとに対して、期待を上回るような価値体験の提供を目的としているんです。

古市:そういう目的があったんですね。

中澤:2つ目が、個別の困りごとを解決することです。ただ、その発生タイミングも内容も人それぞれ。そこでWebサイト上で使えるのが「有人チャット」なんです。このチャットがあったら、困りごとを感じた顧客は自分からサインを送ってくれますよね。IDOMでも有人チャットを活用することで、高い成果を出せました。

古市:チャットで個別の困りごとを解決して、満点を一気に取るんですか?

中澤:そのとおりです。ただし、チャットを使って成果を出すには、「提案力の向上」じゃなく「機会損失の削減」を目的にしないといけません。

古市:目的を「機会損失の削減」にする……? それはなぜでしょう。

中澤:これはリアル店舗でイメージすればわかりやすいと思いますよ。例えば、百貨店のアパレルショップでの買い物しているとき、店員が「ご提案しましょうか?」と近づいてきたら、嫌な気分になる人は多いと思います。そんなふうに「リアル店舗では提案が嫌がられる」と感じているにもかかわらず、「提案力の向上」を目的にチャットを使う企業は少なくありません。

古市:たしかに……!

中澤:そうではなく、顧客が困りごとを感じたときに対応して、「機会損失の削減」をするんです。店舗で店員さんと話したいのは、「この服は自宅で洗えるか?」などの商品情報を詳しく知りたいときや、レジで支払いする場面のはず。そのとき、求められる価値を提供できれば、お店のファンになってくれる可能性が高くなります。

古市:リアル店舗で歓迎されるような対応をすればいいんですね。それにもかかわらず、「買い物かごに入れる画面」まではチャットがあるのに、店員を必要とするような「支払い画面」などに設置していないECサイトがほとんどですよね。

中澤:それって、リアル店舗で考えたら大変なことですよ(笑)。サイトをある程度運営すれば、「顧客がどの場面で、どういうポイントでつまずくのか」はデータとして見えてくるでしょう。そこにチャットを設置していけばいいんです。

ただし、自動で応答する「チャットボット」では、これに対応できません。現状のチャットボットは、よく聞かれる質問への回答はできるものの、「質問の意図を読み取れない」などの課題があって、個別対応はまだ難しいからです。だからこそ、あえて有人チャットにこだわる必要があります。

古市:リアル店舗と真逆のことをするECサイトが多いのに、中澤さんはどうしてその矛盾に気づけたのですか?

中澤:「店頭での接客経験があること」が大きいですね。家電量販店で、お客様の困りごとを察して接客するうちに、必要なコミュニケーションを取るスキルが身につきました。今でもデジタルマーケティングを考えるとき、その8割は店頭での経験を思い出しながら、「これをデジタルに変換したら、どうなるのだろう?」と想像しているんです。

リアル店舗とデジタルの世界はほとんど同じ。だから、マーケターは店頭経験のあるほうがいいという考え方です。もちろん、顧客の心理を掴める“イケてる店員”であることが前提ではありますが……。

古市:なるほど。先ほど、IDOMでは有人チャットで高い成果が出たとおっしゃいましたよね。その成果を具体的に知りたいです!

中澤:弊社では、2つのチャットサービスを用意しています。1つは会員登録制のご相談・ご提案をするチャット『クルマコネクト』で、これはいわゆるコンシェルジュサービスです。数週間と検討期間の長いお客様と並走しながら、「お客様のご希望ですと、この車が良いのではないでしょうか」とコンシェルジュのようにご提案していきます。それによって、お客様の期待に何回も応えて、エンゲージメントを深めていくんです。

もう1つが、機会損失を削減するチャットで、こちらはオウンドメディアにオープンチャットとして設置しています。これでお客様が悩んだときに手を差し伸べることによって、お客様の期待を1回で超えて、エンゲージメントを深めていくわけです。

古市:その2つで店舗へ送客して、商談につなげていくんですね。

中澤:そうなんです。コンタクトセンターなどから送客した場合と比べて、チャットを経由したお客様からの商談受注率はおよそ2.5倍になりました。つまり、どちらの方法でもエンゲージメントが深まって、受注率が高まることを発見したんです。

購買後やBtoBマーケティングにも「真実の瞬間」は活用可能

中澤:ちなみに、購買前だけではなく購買後にも「真実の瞬間」にアプローチして、エンゲージメントを深めることはできるんですよ。

古市:購買後にも……? それはどうしてですか。

中澤:人間は、それなりにリスクが伴う意思決定をしたとき、自分の判断が正しかったのかどうか不安になるからです。これを社会心理学用語で「認知的不協和」と呼びますが、それを解消できれば顧客の満足度は高まります。

例えば、僕は店頭で接客していたとき、何十万円もする電子楽器をご購入されたお客様に、そのメーカーの商品カタログをお渡しすると喜ばれていました。その理由は、ほかの商品とスペックなどを見比べて、「自分の買った商品はやっぱり間違いなかった」と不安を解消できるからなんです。

古市:その気持ち、わかります……!

中澤:この仕組みを理解していれば、購買後にあらゆる施策を打てるでしょう。例えば、購買後のお礼メールに、「あなたと同じ商品を買った人たちのコメントはこちら」と、その感想を20個くらい掲載しておけば、「やっぱりこの店で買ってよかったんだ」と感じられて、顧客満足度が高くなるはずです。

古市:しかも、それは高額の買い物であるほど効果がありそうですよね。ホテルの予約完了後にも送ってくれたら、泊まるまでに気持ちを高められそうです。にもかかわらず、ホテル比較予約サイトで予約したあと、「こっちのプランだと、もっと豪華な食事が出ますよ」とか選んだことを後悔させるようなメールが届くこともありませんか?

中澤:そうそう、ありますよね! むしろ、それだと認知的不協和が増していくはずです(笑)。顧客の立場に立ってよく考えてみれば、予約後にモヤモヤした気持ちになることに気づいて、それを解消するための施策を打てるんです。これはテクノロジーやコンテンツとしても難しくはないし、有人チャットも必要ないので、コストをかけずにエンゲージメントを深められます。

それに1回で顧客の期待を超える方法は、BtoCだけではなくBtoBマーケティングにも活用できると思います。

古市:どんなふうに活用できるのでしょう?

中澤:例えば、「この情報さえわかれば稟議を通せるのに」と困っているBtoBの担当者にアプローチできるはずです。そのとき、必要な情報を提供できれば、たとえ1回しか会ったことがない関係だとしても、エンゲージメントが深まります。この仕組みを活用する企業は少ないと思うので、ほかとの差別化ポイントにもなると思うんです。

一人ひとりの担当者の困りごとを拾うのが大変だったら、困りごとの最大公約数を調査してホワイトペーパーなどで解決するのも手ですよね。

古市:そうすればいいんですね! たしかに、BtoBで「真実の瞬間」を考えている企業は、ほとんどなさそうだなと。しかも、BtoBだと担当者をピンポイントに狙いやすそうだとも思いました。

中澤:そうなんですよ! そういう本来はしなければいけないことを、ほとんどの企業が意外としていない。これって不思議ですよね。

マーケターは難しく考えすぎ? 消費者の行動観察が「真実の瞬間」の発見につながる

中澤:最近、「そもそもマーケターって、難しく考えすぎなんじゃないか?」と思うことがあるんですよ。

古市:ああ、私も同感です……! マーケターはもっと街に出て、違う業種の人たちと話したほうがいいですよね。私たちマーケターの考え方は偏っているし、リテラシーも高過ぎる気がします。マーケター同士で「Facebookでリーチを広げるにはどうしたらいいか?」とか話したとしても、消費者のほとんどはFacebookを使っていないかもしれないじゃないですか。

中澤:そうそう、マーケターの当たり前って、ほかの業界で共感されづらいですよね。

だからこそ、消費者の観察が大切なのですが、それが大変であれば単純に「消費者としての自分の行動」を観察すればいいと思うんです。自分がこのサイトを使ったとき、どんな不安を感じたか?を振り返ってみれば、いろいろな発見があるはず。そういう当たり前のことを愚直にやるのが一番だと思うんですけど……。

にもかかわらず、こういう話をマーケティングのイベントで、ほとんど聞いたことがなくて。

古市:ないですよね! 「マーケターらしく、オシャレでかっこいいことを言わなきゃいけない」と思いがちですし。正直に言うと、私の開催するad:techでも、その風潮を促進しているかもです……。

中澤:言われてみれば(笑)。

古市:そうなんですよ!(笑) イベントへの登壇では、中澤さんにはよくお世話になっているんですけど。

中澤:よく誘っていただきます。ほかのマーケターイベントも、オシャレなタイトルのついた講演が多いですよね。

古市:でも、オシャレなことを言う前に、世の中の消費者が本当は何を考えているか、知る機会があるといいですよね。

中澤:本当にそう思います。例えば、「消費者パネルディスカッション」という形で、新橋あたりを歩いている人たちを集めてディスカッションしてもらえば、新しい発見があるかもしれませんし。

古市:「アプリは何を入れていますか?」と聞いたら、マーケターとどれほど違うのかわかりそうですよね!

中澤:そういうことを知るために、イベントのモデレーターにはいろいろ質問してほしいなぁと思います。イベントの最後で、「消費者ラップアップ」を設けるのも面白そうだと思いました。消費者に「今回の動画マーケティングの講演を聞いて、どう思いましたか?」と質問してみて、「いや、動画とか全然見ないんですけどね……」などの素直な意見も聞いてみたいですね(笑)。

マーケターは、そういった「普段、消費者が本当に感じていること」を理解するのが大事なんだと思います。それが、「真実の瞬間」を見つけることにもつながるのではないでしょうか?

(執筆:流石香織 撮影:栃久保誠 編集:鬼頭佳代/ノオト)

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