
Know-how / 2020.10.07
アプリでも刈り取り偏重は終焉へ。ユーザー獲得戦略は「エンゲージメントドリブン」に進化する
- ASO
- アプリマーケティング
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行により、あらゆる企業はマーケティングプランの再考を迫られています。メディアなど一部の業界を除いて、ほとんどの産業で市況が悪化することは避けられません。
現下の不況を、欧州IAB(インタラクティブ広告協議会)のダニエル・クナップ氏はあの2008年の不況、「リーマンショック」に匹敵すると警告しています。1) しかし、当時の不況は財政システムが原因となる「市場先行」の不況であったため金融資産を所持していない場合の影響は限定的でした。
一方「コロナショック」は消費者需要そのものが落ち込んだことから発生した不況であるため、より広範囲での影響が見込まれるのです。「人」と「物資」の移動が制限されていることもあり、たとえ政府が財政出動を実施したところで、消費の増加に対するテコ入れにはなりづらいとも考えられます。
リーマンショックの影響から日本が立ち直るまで、株価の推移だけをとってみても3年もの月日がかかりました。「コロナショック」がどれほどのインパクトをもたらすのか、現時点で予測することは到底できません。ただ一つ断言できることは、たとえ感染の拡大が終わったとしても、この不況はまだ始まったばかりであり、中長期的に付き合い続けなければならないということでしょう。
不況の時、企業がまず選択する道は「マーケティング予算」を削減することです。実際、コロナウイルス感染拡大に伴いマーケティング活動への影響が「出ている」とする回答は70%以上を占めており、「今後影響が出る」も含めると、その割合は97%にも達します。オフライン・実店舗での活動に制約を受けるため、マーケティング予算の消化すら難しくなっている現状なのです。
しかし、マーケティング活動をただ縮小するという方法で乗り切ろうとすることは、実は危険が伴う方法でもあります。
かつてのリーマンショックの際、世界的な大企業たちはマーケティング予算を削減し、サプライチェーンの最適化にフォーカスすることでコストカットを追求する方針を選びました。しかし中には、予算を削った結果、逆に取り返しのつかないダメージを受けてしまった企業も存在します。
例えば、「かつて」ウォルマートと並んで米国を代表する小売チェーンだった「Sears」の例を見てみましょう。リーマンショックが発生した2008年は、Amazonが世界流通の覇権を握ろうとするまさに直前のタイミングでした。
そんな中、Searsはコストカットと財務管理に注力し、エンドユーザーに対する新規投資を最小限にする戦略を取ったのです。ECの拡大は進めていたものの、運営していたのはあくまで商品を売るだけのWebサイト。競合のWalmartやNordstromは、Amazonとの差別化のために実店舗との相互送客を念頭に置いていたのに対し、SearsのECサイトはWebに閉じたものであり、利用ユーザーを思うように増やすことができませんでした。モール型EC隆盛の波に完全に飲まれてしまったのです。
そのため、2008年の不況はなんとか乗り切ったものの、その後 2011〜2017年度まで7年連続で最終赤字を計上することになってしまいました。そしてついに2018年、経営破綻に至ったのです。2)
不況下だからといって何も考えずにコスト削減に走ってしまうと、このような失敗に陥る可能性がゼロではありません。
重要なことは「コロナショック」の間、もしくは過ぎ去った後に来るトレンドを先読みし、費用対効果の高い施策に注力していくことでしょう。それが、マーケティングにコストをかけられない今、企業が生き残っていくための方法なのです。
本記事では不況の長期化を見据えて、コストを抑えつつ、収益を向上させることのできるマーケティングプランの一つを紹介します。
コロナウイルスの感染拡大により、これまで通り自由に外出することすら困難になっている今、各企業がオンラインの顧客獲得チャネルにフォーカスしていることは当然の流れといえるでしょう。
しかし、たとえWebサイトに注力したところでコンバージョンが得られるとは限りません。以下の図のように、コロナウイルスの流行は、メディアなど一部の業界を除くほとんどのWebサイトのトラフィックにダウントレンドをもたらしているのです。
DIGIDAYがとある匿名のD2C(Direct to Consumer)マーケターにインタビューした言によれば、「(コンバージョン率は)15%ほど下がって」おり、その原因は「消費者のあいだで、商品の自宅への配達に対する抵抗感が高まっており、(製品を購入する)行動を取れないでいる」ことにあるのだといいます。3)
つまり商品が「モノ」である限り、購買チャネルに関わらず商品の買い控えからは避けられなくなりつつあるということです。ECサイトですら「コロナショック」の憂き目に合ってしまう可能性が高いという現実に目を向けなけれななりません。
オンラインチャネルに注力すること自体は良しとしても、新規獲得を目指した刈り取り型のマーケティングの効果が薄れていることは間違いないのです。
コロナウイルスの猛威にいち早く見舞われた中国。そんな中、ナイキのEC事業は成長の減速に見舞われることなく、大きな成果を出しています。その要因は、2017年からスタートしたD2C事業の「ナイキダイレクト(Nike Direct)」。小売店舗の流通がストップした現状でも、ECサイトはなんと前期比で30%もの売上増を記録しているといいます。
今の状況下でも成長を続けられている理由の一つは、2022年には世界のオンラインでの小売販売の63%を占めるという予測があるほど、中国においてECの利用がすでに一般化しているという事実です。しかし、ナイキならではのマーケティング施策が功を奏した側面も無視できません。
実は「ナイキダイレクト」事業の一環として、同社は自社製アプリのダウンロード数向上に取り組んでいたのです。
主力ショッピングアプリの『Nike+』、限定商品を扱う『SNKRS』のほかに、トレーニングアプリの『Nike Run Club』や『Nike Training Club』など様々なアプリを展開していますが、これらのアプリが利用者のサービスに対する愛着(「エンゲージメント」)を高める効果を発揮しました。業績発表において、ダウンロード促進の結果、前四半期比80%も自社アプリのアクティブユーザー数を向上させることができ、それが結果的にEC利用の増加につながったと報告しています。4)
他のEC事業とナイキの違いは、ただコンバージョン上昇を図るだけではなく、買い控え時でもサービスを使ってもらえるような、ロイヤリティの高い既存顧客を増やす試みを実施していたという点にあるでしょう。不況下で新規の購入者を増やすことが難しいながらも、ユーザーの「エンゲージメント」を高めることによって、継続利用・リピート購入を促すことができたのです。
このLTV(顧客生涯価値)重視のアプローチこそ、「モノ」を売るサービスであるにも関わらず、中国の「コロナショック」を見事耐え抜いた秘訣だといえるでしょう。
この「エンゲージメント」向上に注力するマーケティングアプローチは、今まさに拡大しつつある不況に対して、「コスト削減と収益を両立」できるという点で有力といえます。平常時でも新規獲得を開拓するよりも既存顧客を維持する方がコストが低くなりますが、実は不況時にはこの傾向がさらに強くなるのです。
以下の表のように、サービスを利用するアクティブユーザーを同じ数だけ集めようとした場合、利用継続率が高いほど、新規獲得にかかる広告予算を削減できます。「バケツの穴を塞ぐ」(継続率を高める)と水が溜まりやすくなり、「新たに注がれる水の量」(新規顧客)が減っても、同じだけの水量が維持されるからです。
新規顧客の獲得にかかるコスト(=CPA)は現在のような不況時ほど高騰するため、既存顧客の維持による恩恵はより大きくなるといえるでしょう。
マーケティングの最終的なミッションは単なるCV数ではなく、売り上げに貢献すること。つまり「ユーザー数」×「ユーザー単価」を上げることといえます。だからこそ、既存顧客のリピート化も視野に入れたLTV(顧客生涯価値)こそが、不況時でもワークする、本質的な評価指標だといえるのです。
新規獲得だけに注力するのではなく、CRMやリターゲティング施策を通して既存顧客からの売上を最大化することこそが、不況に耐え抜くための一つの道筋となるでしょう。
不況の長期化がすでに確実視されている今、マーケティング施策を休止したとしても残り続けるコスト、人件費についても考慮する必要があります。どの企業も、少ない予算で成果を出せる優秀な人材確保に苦慮しているのです。
今回のコロナウイルス感染拡大が収束したあとの潮流として「反グローバリズム」と並んで、「DX」(デジタル改革)が進むと予測されています。人や物資の移動に制約がかかる分、今までは対面で行われていた活動がデジタル(オンライン)ですばやく済ませられるよう、ビジネス環境の整備が加速することでしょう。5) だからこそ、デジタル人材は企業にとって今まで以上に必要不可欠な存在となるのです。
約6割の企業が「デジタルマーケティング」施策の遅れの原因として「マーケター」の不足を挙げているというデータもあります。それだけ採用市場には優秀なデジタル人材が不足しており、だからこそ採用コストが高まっているということも理解できるでしょう。
一方採用よりも、「社内で事業運営経験のある有望な人材を、デジタル人材に育成する方が容易」という声もあります。それでも育成にかける時間的コストがかかるという問題から逃れることはできません。
以下の図は一つの目安にしか過ぎませんが、デジタルマーケターの採用・育成にかかる金銭的・時間的コストをまとめたものです。
既存のWebサービスの改善アクション策定を担当する、事業運用経験を持つグロースマーケター、施策のPDCAを数字ベースで回していく分析チーム、実際に手を動かす施策運用スタッフと、3人以上の体制を構築できなければ、デジタルマーケティングで成果を出すことは難しいという実情があります。これらの人的リソースだけでも月125万円ほどの支出が生じるのです。
さらに、それらの人材を獲得するための採用・育成にかかるリードタイムもあります。いざデジタルマーケティングに注力しようと考えても、すぐに施策を実践できないということが起こるのです。
この問題を解決するためには、自社運用ではなく、マーケティングの体制そのものを外部に委託するのが早道である可能性も高いといえるでしょう。
2003年の「SARS」(重症急性呼吸器症候群)による危機では、市民の多くが外出を恐れた結果、ネット通販を活用するようになるという、中国社会の大きな転機が訪れました。「EC」という概念が、これをきっかけにメジャー化したわけです。6)
また、2008年のリーマンショックの際には、金融・IT業界に大量のエンジニア失業者が発生したことで、広告削減を目指す時世に乗ったRTB(リアルタイム入札)という新しいマーケティングテクノロジーが生まれたといわれています。7)
このように、経済的危機が過ぎ去った後には新しいマーケティングの手法の萌芽が残されることが歴史から示されているのです。
消費者需要が金融不況に先行して落ち込んだことによる、実物経済の縮小から生まれた危機であるという点で、目下のコロナショックは未曾有の事象であるといえます。そんな中から芽生える新潮流の候補として、既存顧客に注視するマーケティング手法は有力なものであるはずです。
これから長期間続くと見込まれる不況に対抗するために、「コストの節約をしながら収支を伸ばしたい」企業は、ぜひこの手法を実践してみてはいかがでしょうか。
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